蒲生麓 標柱

  • 蒲生麓 標柱

    蒲生郵便局跡 標柱14

    この交差点の向かいには、かつて蒲生郵便局がありました。
    蒲生では明治7(1874)年に最初の郵便局(当時は郵便役所)が開設され、現在の場所には昭和44(1969)年に移転しました。
    昔の郵便局には電話交換手がいて、電話の取り次ぎも行っていました。

    2023年6月16日
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    蒲生郵便局跡 標柱14

    2023年6月16日
    蒲生麓 標柱
  • 蒲生麓 標柱

    蒲生麓の景観美 標柱13

    蒲生麓は、美しい町割りが特長の300年前のニュータウンです。
    戦のなくなった江戸時代、計画的に街路を設定して作った町並みです。
    ここから北に延びる通りは新辻馬場と呼ばれますが、300年前の都市計画が今に残る街路名です。

    2023年6月16日
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    蒲生麓の景観美 標柱13

    2023年6月16日
    蒲生麓 標柱
  • 蒲生麓 標柱

    福応寺と秋葉神社(アッカサー) 標柱12

    現在の福應寺はもともと後田馬場にありましたが、新辻馬場に移り、浄土真宗本願寺派寺院として今に至っています。
    福應寺のそばには「アッカサー(アッカンサー)」と呼ばれる不動明王の化身が浮き彫りされた石刻像があります。火神である秋葉権現として崇められています。
    蒲生麓内は住居が多く、集落ごとにアッカサーが祀られています。

    2023年6月16日
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    福応寺と秋葉神社(アッカサー) 標柱12

    2023年6月16日
    蒲生麓 標柱
  • 蒲生麓 標柱

    蒲生橋 標柱11

    ポケットパークの前に架かる蒲生橋の昭和初期の姿。
    当時の橋の多くは木製だった。

    2023年6月16日
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    蒲生橋 標柱11

    2023年6月16日
    蒲生麓 標柱
  • 蒲生麓 標柱

    蒲生麓の武家門 標柱10

    幕末、島津斉彬公が蒲生御仮屋に宿泊した際、家臣は蒲生麓内の郷士宅に分宿しました。この写真は、そのときの宿所の割り振りを示しています。
    下の写真は、蒲生町時代の町政を担った役場本館の姿です。令和8年に複合新庁舎として建て替えられました。

    2023年6月16日
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    蒲生麓の武家門 標柱10

    2023年6月16日
    蒲生麓 標柱
  • 蒲生麓 標柱

    国鉄蒲生町駅跡 標柱9

    現在くすくす館がある場所には、国鉄蒲生町駅がありました。
    線路のない駅で、国鉄(現在のJR)のバスが停まり、国鉄の切符や貨物を取り扱う珍しい「駅」だったのです。
    平成15年にくすくす館がオープンし、今も昔も人や物が行き交う賑やかな場です。

    2023年6月16日
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    国鉄蒲生町駅跡 標柱9

    2023年6月16日
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  • 蒲生麓 標柱

    蒲生女子職業学校 標柱8

    現在の蒲生支所(地頭仮屋跡)には、女学校がありました。
    明治38年に蒲生女子実業補修学校として発足し、その後、蒲生女子職業学校として生徒たちは機織り、染色、裁縫などを学びました。
    昭和19年に40年間の女学生の学び舎の歴史に終止符を打ちました。

    2023年6月16日
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    蒲生女子職業学校 標柱8

    2023年6月16日
    蒲生麓 標柱
  • 蒲生麓 標柱

    司馬遼太郎「街道をゆく」 標柱7

    明治時代に馬車が利用できるまでは、川舟による運搬が盛んでした。
    塩入橋の辺りは「塩入道(すえど)」と呼ばれ、常に5~6艘の川舟があり、主に米や木材、紙などの物資を帖佐まで運んでいました。
    また、3月の節句には「船慰み」といって、船中での饗宴も催していました。

    2023年6月16日
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    司馬遼太郎「街道をゆく」 標柱7

    2023年6月16日
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  • 蒲生麓 標柱

    西馬場 標柱6

    西馬場では、昭和58(1983)年にNHK大河ドラマ「山河燃ゆ」のロケが行われました。(写真は9代目松本幸四郎と西田敏行)
    ロケは西馬場以外にも蒲生八幡神社、漆地区でも行われました。

    2023年6月16日
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    西馬場 標柱6

    2023年6月16日
    蒲生麓 標柱
  • 蒲生麓 標柱

    五千人の産婆さん (日高フジ産婆宅跡)標柱5

    日高フジさん米寿祝いの写真。米寿祝いには親戚以外の多くの町民も集った。
    蒲生八幡神社本殿前の階段にある手すりは、フジさんの希望で長男・一男さんと共に寄付して設置された。

    2023年6月16日
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    五千人の産婆さん (日高フジ産婆宅跡)標柱5

    2023年6月16日
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