明治時代に馬車が利用できるまでは、舟による川の運搬が盛んでした。主には米、木材、紙などを運んでいたようです。
塩入橋のあったあたりは「塩入道」と呼ばれ、常に5~6艘の河舟があり、帖佐(現在の姶良町)まで物資を運んでいました。
また、3月の節句には「船慰み」といって船中で饗宴を催していました。

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